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ベートーヴェンのピアニズム

<楽器改良の牽引役> 

 近代のピアノ演奏は、ベートーヴェンによって開拓された。それは、ベートーヴェンの演奏様式だけではなく、ベートーヴェンが大きな牽引役となって推し進めたピアノという楽器の改良とも強く結びついている。

  ベートーヴェンはボン時代、ほとんどピアノに触れる機会がなかった。本格的にピアノと接するのは、ウィーンに移り住んでからである。ベートーヴェンがボンで暮らしているころによく使っていた鍵盤楽器は、パイプオルガンとチェンバロであった。しかし、ベートーヴェンが「ピアノ三重奏曲第3番」作品1−3や「ピアノ・そなた第1番」作品2−1で実現したピアノの表現は、その前のモーツァルトやハイドンのピアノのそれとは大きく異なるだけではなく、ベートーヴェンのピアノ独自の奏法と語法を、ヴァルターのピアノを通して引き出した。非常に広範にわたるデュナーミク、様々なスタカート、同音連打やオクターヴなど、ベートーヴェンがピアノを通して編み出していった表現語法は数多い。

  ベートーヴェンのピアノ・ソナタの創作には、いくつかの節目があった。「ピアノ・ソナタ第1番」で見せた圧倒的な表現力は、のちの「ピアノ・ソナタ第7番」作品10−3と「ピアノ・ソナタ第8番悲愴」作品13で新たな段階に入る。それは単に演奏技巧にとどまらず、ベートーヴェンの創作の語法から生み出される音の想像力に由来する。ベートーヴェンが当時の人々を驚嘆させたのは、音に込めた様々な情感や音を通して惹起された表現にあった。「第7番」と「第8番」のピアノ・ソナタは、その意味で画期的な作品である。  音の想像力は「ピアノ・ソナタ第14番 月光」作品27−2でさらに大胆に発揮される。「月光」というタイトルは、ベートーヴェンが付けたものではない。しかし、人々がこの作品から様々な情景をイメージし、詩的なタイトルが付され、作品は広く知れ渡った。このように情感を喚起させることこそが、ベートーヴェンのピアニズムの特徴の1つである。音楽評論家ルートヴィヒ・レルシュタープだけではなく、様々な人がこの作品についてのエピソードを創り出している。音楽評論家アドルフ・ベルンハルト・マルクスは、その第1楽章を「病の父の回復を祈る乙女の祈り」と述べている。  「ピアノ・ソナタ第14番 月光」で注目すべきは、弱音とペダリングである。モーツァルトやハイドンとベートーヴェンのペダリングは全く異なる。「月光」の、特に第1楽章のペダリングでは、弱音ペダルを踏むとともに、サスティン・ペダルを踏み続けることを意図していたと考えられており、今日のペダリングとは異なる表現が求められていた。このようなぺダリングによって生み出される淡い混濁は、音の粒子が霧のようになって飛散し、そこから模糊とした夢想的な情感が生み出される。その表現は、ベートーヴェンが単に力動的な表現だけではなく、非常に色彩豊かな音のイメージを求めていたことを物語っている。

 <ピアノの発達の影響が作品に展開される>

  ベートーヴェンの次なる転機は「ピアノ・ソナタ第21番 ワルトシュタイン」作品53と「ピアノ・ソナタ第23番 熱情」作品57である。ベートーヴェンは「ワルトシュタイン」と「熱情」の作曲の際、それまでのウイーン・アクションの5オクターヴのピアノではなく、イギリス・アクションによる5オクターヴ半の音域を持つエラールのピアノを用いたことも注目に値する。その後、「ピアノ・ソナタ第26番 告別」作品81aの創作時期に6オクターヴのシュトライヒャーのピアノを、そして「ピアノ・ソナタ第29番 ハンマークラヴィーア」作品106では、シュトライヒャーとイギリスのブロードウッドを使用し、この2つのピアノの性能と表現力を遺憾なくこのソナタで実現したのである。

  このように、ベートーヴェンの作品は、ピアノ演奏の技術と表現に大きな貢献を果たしている。特に重要なのは、「ピアノ・ソナタ第23番 熱情」である。「熱情」がピアノ・ソナタの歴史の中で担った意味は、極めて大きかった。この作品では、ピアニストは様々な音を創り出すことだけではなく、分散和音や音階にとどまらず、ピアノ演奏の多種多様な演奏技巧が求められる。演奏技巧の総合的な表現は、ピアノ演奏のメカニックの教育に非常に大きな刺激となった。

 <近代のメトードへの系譜> 

 ベートーヴェンが、演奏技巧にも関心を持っていたことは、実に興味深い。というのも、ベートーヴェンは甥カールのピアノの指導に際して、ムツィオ・クレメンティの「練習曲」の意義を認識していた。そして、そのメトードはベートーヴェンの弟子カール・チェルニーにも受け継がれている。

  19世紀前期のドイツでは、ヨハン・ネポムク・フンメルやフリードリヒ・カルクブレンナー、イグナーツ・モシュレスらも独自に練習曲を作曲し、それらは後のピアノ演奏法や教育にも影響を及ぼした。中でも特筆すべきはツェルニーである。ツェルニーは様々な練習曲集の作曲を手がけたことでも知られており、彼のもとからはリストやテオドール・レシェティツキをはじめ、多くのピアニストが門戸をくぐった。ツェルニーのピアノ教育のメトードは体系的で、初歩の練習曲からの段階的な教育とともに、練習の用途に応じて個別の練習曲が編まれている。こうしてクレメンティ、ツェルニーそしてリストという系譜が、近代のメトードへと継承してゆく。つまり、リストやその弟子たちによって現在のピアノ奏法が形成されたのである。

 <多彩な演奏技術を要求> 

 ベートーヴェン作品の演奏は容易ではない。数少ない演奏技術でまとめられている作品が多い中で、ベートーヴェンのピアノ曲は、1つの作品の中で実に多彩な演奏技術が要求される。多くのピアニストがベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏を重要な目標として掲げるのは、ピアノ音楽としての底しれぬ魅力とともに、ピアニストに対する課題が秘められているからであろう。

  ベートーヴェンの創作は、改良を重ねてゆくピアノの発展と軌を一にしており、こうして生み出された作品は、その演奏に於いてタッチも表現も異なる。ベートーヴェンは創作の中で用いたピアノにあった表現を、それぞれの作品に投影していったのである。

チェリーピアノ(松崎楓ピアノ教室)釧路市のピアノ教室

大学時代はパイプオルガン科に進み、卒業後は音楽学校でラウンジプレイヤー養成・ピアノ科で学ぶ。ピアノ講師に就いた後、北ドイツのハンブルグに留学し、ヨハネス・ブラームス音楽院ピアノ科を卒業する。世界三大音楽院のモスクワ音楽院のピアノマスタークラスを修了し、イギリスのトリニティ音楽大学の演奏グレードを取得し現在のピアニスト活動に至る。作間洋子、水垣玲子、エレーナ・リヒテル、岳本恭治、岩崎洵奈に師事した

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