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場  所:釧路市浦見8丁目2−16

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リストのヴィルトゥオーゾ時代の始まり

 1839年11月にリストは、マリーの事を忘れようとするかのごとく、コンサートピアニストとして欧州中を駆け回る生活に入った。フィレンツェで別れた後の11月5日にトリエステで演奏会を開くと、前年にハンガリー救済演奏会で圧倒的な成功を得たウイーンへ向かった。リストがウイーンに到着したのは11月15日で、19日には最初の演奏会を開いている。

  これがリストのヴィルトゥオーゾ時代の始まりだった。その時代は1847年9月のウクライナでの演奏会まで、8年にわたり続く。その間にリストは260の都市で合計して約1千回の演奏会を開いた。国でいうと、ドイツ、オーストリア、ハンガリー、ロシア、チェコ、スロヴァキア、ポーランド、ルーマニア、ユーゴスラビア、トルコ、ベルギー、オランダ、フランス、スイス、イタリア、スペイン、ポルトガル、アイルランド、イギリスと、ほぼヨーロッパ全域にわたり、平均すれば3日に一度どこかで演奏していたことになる。

  鉄道は整備されだしているが、欧州中くまなくある訳ではない。自動車はまだ発明されていないし、もちろん飛行機もない時代だ。移動に次ぐ移動で、一つの都市に滞在している間は毎日のように弾いていたのだろう。1回あたり1600から1700フローリンの手取りだったという。1500万円前後となろうか。

  熱烈なファンはリストマニアと呼ばれ、演奏会では失神する女性が続出した。20世紀後半に生まれるロックミュージシャンやアイドルのファンの起源と言えるだろう。

  こんなにも多くの演奏会が可能だったのは、リストがオーケストラなどを雇わず、リストだけが演奏すればいい形にしたからだった。その結果、彼の取り分も多くなる。プログラムをピアノ曲だけに統一したのは芸術的な理由もさることながら、営業的、経済的理由もあった。リストのリサイタルの発明は、いまもなお全てのピアニストが恩恵を受けている。

  さらにリストの改革とされるのは、自作も演奏もするが、同時代のショパンやシューマンの作品やベートーヴェン、シューベルトなども演奏したことだ。だがこれはすでにクララ・ヴィークが始めていたことでもある。お互いに影響されていたとも言える。クラシック音楽史も男性中心に書かれるので、クララの業績は同時代のリストやショパン、メンデルスゾーン、夫となるシューマンに埋もれているが、女性初のプロのピアニストであること以上に、クララ・ヴィークが考えて実行した音楽革命は多い。

  ウイーンでは2週間に6回の演奏会をし、さすがに過労で寝込んでしまった。そのリストを見舞いに来た女性がいた。マリー・プレイエルである。彼女はロシアで演奏してきたばかりで、次の目的地がウイーンだったのだ。だがリスト旋風が吹き荒れた後では、どう考えても不利だった。観客動員に不安がある。そこでマリーはリストに自分の演奏会に客演してくれと頼んだのだ。

  この時二人がどうゆう関係になったかは分からないが、マリー・プレイエルはステージにリストと腕を組んで登場した。もちろんその演奏会も大入り満員だった。ほとんどの人にとってはリストの追加公演にマリー・プレイエルが出たという印象だったろう。

  リストがマリー・プレイエルと腕を組んでステージに出た事は、遥か彼方のパリの社交界に戻っていたマリー・ダグーの耳にもすぐに届いた。噂では二人は一緒に暮らすことにし、一緒にパリに帰ってくるに違いないと誇張された。

  マリーはリストに手紙を書き、マリー・プレイエルとの噂を耳にしたことと、自分がいかに多くの男性に囲まれて過ごしているかなどを記した。浮気の許可を求めるような内容に、リストは、あなたが常に完全な自由であってほしいと僕は願っていると返事を書いた。離れている二人の手紙での駆け引きは緊張感をはらんだものとなっていく。

  元気になるとリストは12月に故国ハンガリーへ向かった。1823年以来の帰国である。熱狂的に迎えられ、洪水被害の救援のための義援金を讃えて栄誉のサーベルが授与された。かつてリストの祖父や父が仕えていたエステルハージ家は豪華な馬車を提供した。

チェリーピアノ(松崎楓ピアノ教室)釧路市のピアノ教室

大学時代はパイプオルガン科に進み、卒業後は音楽学校でラウンジプレイヤー養成・ピアノ科で学ぶ。ピアノ講師に就いた後、北ドイツのハンブルグに留学し、ヨハネス・ブラームス音楽院ピアノ科を卒業する。世界三大音楽院のモスクワ音楽院のピアノマスタークラスを修了し、イギリスのトリニティ音楽大学の演奏グレードを取得し現在のピアニスト活動に至る。作間洋子、水垣玲子、エレーナ・リヒテル、岳本恭治、岩崎洵奈に師事した

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